われ15にて学に志し・・・・(論語より)

われ15にて学に志し(論語より)

 

中国の思想家「孔子」が述べたものの紹介です。

 

われ15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知り、60にして耳に従い、70にて心の欲するところに従えども矩(のり)をこえず。

 

これを現代文にしなおすと、多分以下の通り。

 

15歳くらいで人生の目標をたてる 志学(しがく)

30歳くらいで独立してやってけるようにする 而立(じりゅう)
40歳くらいで人間は考えがまとまる。 不惑(ふわく)

50歳くらいで自分の人生の目的を知るようになる。知命(ちめい)

60歳くらいで人のいうことが素直に理解できるようになる。耳順(じじゅん)

70歳くらいでようやく自分の行動を管理できるようになる 従心(じゅうしん)

 

私は今50歳くらいですから、人生の目的を知るですか。 うーんどうなんでしょうか? 

 

私が思うに、これから社会の仕組みが変わってくると認識していますので、その再創造される新生日本でのプラットフォームつくりに私はかかわっていくのではないかと考えています。幼虫がさなぎになって成虫になる過程みたいですね。

 

幼虫は体を溶かしてしまい、体を成虫に作り替えます。 考えてみたらすごいです。

この段階ではないかと。今日本は幼虫の段階でもうすぐさなぎになります。

成虫になったときはネオジャパンです。 ネオジャパンは強いですよー

 

エネルギー問題はなくなっている、 地球規模で飢え死には死語になり、

通貨はもう不要でしょう。 自らが自分のしたいことができ、地球が一つになり、国家はあるけど、パスポートはたぶん不要になります。ちょうど日本が幕府をなくし、廃藩置県をして日本を統一したように。 アメリカもそうです。

これが地球規模で起こるのではないかと。江戸時代は通行手形が必要だったんですから。

 

そこで私の人生の目的は、いかに人に活きてもらうかではないかと思います。

 

論語でなくても日本でもよく似た考え方がありました。

 

江戸時代では元服制度があり10歳から16歳くらいのようですね。 元服を迎えるともう大人扱いされて大人になります。結婚ができるのです。

10歳で結婚なんて、このレベルは政略結婚でしょう。

 

あとは厄年があります。男は25歳、42歳 60歳です。 25歳、42歳で地域コミュニティの役につくことらしいです。60歳で役を引退するということだそうです。

 

厄年が役年とは。 やりたくないから厄年と呼んだのかな?

そんなゲスな理由で厄年と言う習慣にしていないことを祈ります。

 

私が住んでいる地域では42歳の厄年の方々が10年から20年くらい貯金していて、25歳、60歳の厄の方々を振る舞い(ようは接待するのです)厄を払うという習慣でした。 それが正しいのかどうかわかりませんが、バスをチャーターして神社まで行くのです。いつからそうしているのかもわかりませんが、誰かが始めたんでしょうね。

 

私は42歳で厄払いをちゃんとしたので大丈夫ですよ(笑)

 

 

 

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