事故 アメリカにて

事故 アメリカにて

 

事故次いでに私がコーチングを勉強しているときに、本場アメリカのコーチングのカンファレンスに行ったとき、ちょうどコーチのM氏と一緒に行こうということになりました。 ロサンゼルスで車を借りてサンフランシスコに行き、会場のサンノゼに行く計画を立てました。 M氏は車の運転は任せてくれと力説するので、お任せしましたが、お世辞にもうまいとは言えず、パッシングはされるわ迷子にはなるわでもう大変でした。 路地から幹線道路に出るときに、フェアレディZの後輪にぶつけてしまい、撃ち殺されると思い、慌ててお詫びに行きましたが、逆にARE YOU OK?といわれて、大丈夫ですよと回答すると、それはよかったというこでそのまま走り去ってしまいました。え? え? 

呆然としました。 いいのこれで? さらに夕方縁石に乗り上げてしまい、変にハンドルを切ったおかげでタイヤがバースト。信じられないことが起こりました。1日に2回もやらかすか?と 

 

するとこんどは近所のおっちゃんがやってきて、大丈夫かと声かけてきました。 ああレンタカーだね。 俺が電話してやるとよ言ってくれて対処してれました。 なんて優しい人なんだろうと。

この時、私はアメリカに対してあまりいい印象を持っていないかったことに気が付きました。 この件でアメリカ人はいい人もたくさんいるんだろうなとアメリカの印象が変わりました。

 

タイヤを交換してもらい作業が終わった時点で、またおじさんがやってきて、お礼を言いつつ、あとでお礼状だしたいから住所と名前を教えてくださいとお願いしたら、いいよそんなことはというのでそれでも強く頼んだら、メモにダビデ章を書いたのです。 ユダヤ人でした。 ユダヤ人は第2次世界大戦のとき、何万人も日本人が助けたことを心に刻んでいるので、その小さなお礼のつもりだったようです。 私は深々と頭を下げてお礼をいたしました。

 

それ以降は、私が運転をかわりサンフランシスコに行き、少々観光をして、サンノゼにいきました。 サンノゼに住む友人に連絡をとり、一緒にご飯食べました。 サンノゼにはあまり日本人は住んでいないようなので、レストランで日本か!一緒に写真撮ろうといって写真撮りました。

 

このアメリカでの事故も大変意味のある事故だったと思います。 M氏のコーチングを受けていましたが、その方とは無縁なので離れなさいという天からの思し召しだったのではないかと今思います。

 

 

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