ニーチェの言葉

ニーチェの言葉

 

和多志はあまり哲学者のことは知りませんが、どうしても医療とかにかかわる言葉はひっかかります。

 

コンビニで客は神様だろ!というお横柄は人に「神は死んだ」といっった定員の話。これはニーチェの言葉だそうです。

ニヒリズムの方だそうで、日本語だと虚無主義。 

 

そのニーチェが「われわれ人間、病氣というものなしでやっていけるだろうか」といったそうです。

 

これは医療関係者の端くれとして実に引っかかります。 時代、国、様々な習慣が違いますが、病気の歴史はとてつもなく古いです。 しかし1万年以上の縄文時代は病気があったのかどうかわかりませんが、栽培をしたりして安定して食事がとれるようになり、栽培種になってから病氣が増えたという不思議なことを言う人もいます。

 

 最近和多志多くの病氣の原因はストレスじゃないかと言うふうに思います。

 ストレスが原因でさまざまな病気が起こるのではないかと。例えばストレスによって歯ぎしりをするマウスピースに穴があくほど激しいをする人がいます。

 

 一番まずいのは自分がストレスによって歯ぎしりをしているという事実がわからないことです。

 自己認識能力の低下にかと思います。自分がストレスに支配されていなければ何も問題が起こらないけどでも自分がストレスがかかっていること自体に認識がなければ対処のしようがないわけです。

 軽いストレスは、女性なら便秘。男性なら、大腸炎を起こし下痢になります。ストレスがかかると一番弱い部分に攻撃します。

 

ストレスによってアトピー性皮膚炎を起こし。アトピー性皮膚炎によって、脱毛症を発症していました。

 まだ19歳の若者です。私は薄毛サプリメントを開発しましたが、若年層の薄毛についてはよくわかりませんでした。

 しかしストレスによって。皮膚に弱い人は脱毛することがあることを知りました。現在の医療は、要素還元主義に基づく対症療法です。起こっている事象に対してのみ対処する方法です。その場しのぎの治療です。ですから生活習慣病に関する薬に関しては一生飲んでくださいと病院では言われます。こういう病院は患者さんのために治療しているのではありません。 こういう病院とは緊急以外はあまり付き合わない方がいいと思います。起こっている事象に、対して原因を突き止め、その原因を取り去ることが治療ではないかということが治療ではないかというふうに思います。

 

 このストレスに関しては自分自身でなんとかできることであります。ストレスは嫌なことを無理やり。やらされることです。嫌な勉強する。嫌な仕事をする。お金のために働く。眠りたいのに無理やり起きて仕事に行く。嫌な友達と会わなければいけない。嫌な上司の機嫌を取らなければいけない。などたくさんストレスの素があります。

 

 一番シンプルな方法は、このストレスを取り除くことですが、時には嫌なことをやらなければいけないこともあります。そうなると考え方を変えるだけでストレスが軽減される場合もあります。人に話を聞いてもらったり。歌を歌ったり。考え方を変えたり、見方を変えたりするわけですね。でもここまで分かってもやらない人はやりません。

 

そうなると、別の意味となります。 私が思うに、病気を愛しているのかなと最近思うんです。私何々が悪いの?私何々病なのって言うと、周りの人は大丈夫?今日休んだ方がいいんじゃないの?無理しないほうがいいよと慰めてくれます。

 

関わってほしい人が病気を愛しているのかなあとさえ邪推している今日この頃です。したがってのしたがってニーチェの言葉。我々人間病気というものなしでやっていけるのだろうか、というのは。答えは明確です。現在の人類にとっては病気は必須アイテムなんでしょう。使い方は間違っていますが。明らかにコミュニケーションツールとして使っています。どう思われます?