婦人の仁と匹夫の勇とは
婦人の仁と匹夫の勇とは
これは弱き者は心から慈しむが、その相手が自分より強くなろうとする狭量になるといいう意味で権力者がなってはならぬものと言われています。 この言葉は死語となりました。 誰も知らないでしょう。和多志も。
■ 婦人の仁(ふじんのじん)
「婦人」とは、ここでは教養や判断力が未熟な女性を象徴的に指しています(現代の男女観とは無関係に、古典的用法です)。
「仁」とは本来、思いやりや愛の徳であり、孔子が重視した徳目です。
→ しかし「婦人の仁」とは、
表面的な情けや過剰な感情によって、本質を見失った偽りの思いやり
のこと。
例:敵に情けをかけて戦略を誤る、甘やかして子どもを自立させない、など。
■ 匹夫の勇(ひっぷのゆう)
「匹夫」とは、一般庶民の中でも思慮に欠ける人物を意味します。
「勇」とは本来、正義のために危険を顧みず行動する徳です。
→ しかし「匹夫の勇」とは、
考えなしの無謀な突進や感情的な怒りによる暴発
のこと。
例:自分のプライドのために無益な争いをする、怒りに任せて行動してしまうなど。
孔子が活躍していたのは紀元前500年くらいまえですが今でも役に立つ言葉です。
【2】現代の構造との比較:親のペット化・ヤングケアラー
この古典的表現は、現代社会にもよく当てはまります。
■ 子どもを「ペット化」する親
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子どもを自分の癒し・支配対象として扱い、必要以上に守り、依存させる。
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子どもの「成長・自立」ではなく「可愛さ・従順さ」に重きを置く。
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表面上は「愛情」や「思いやり(仁)」に見えるが、実際は自我の満足や不安の投影。
→ これはまさに「婦人の仁」的状況。
情に流されて本質的な成長や自由を妨げる。
■ ヤングケアラーの構造
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親や家庭の事情(病気、精神的問題、経済困難など)を背負い、子どもが介護・家事・感情的ケアを担う。
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親が「お前がいてくれて助かる」「お前しか頼れない」と無意識に依存し、子どもに過剰な責任を負わせる。
→ これは親の側に「匹夫の勇」のような部分があることも。
自己犠牲や感情の高ぶりで子どもに無理を強いることは、判断なき勇気といえる。
言い方は異なりますが、やっていることは紀元前500年まえとかわりませんねえ。